Fukushima Nuclear Disaster
福島原子力災害を経た原子力のあり方
2016.02.23
2016年1月6日に北朝鮮が核実験を行い、水爆の実験に成功したと発表した。核分裂反応に基づく原子爆弾に比べて熱核融合反応を利用する水素爆弾(水爆)の技術はずっと高度である。2016年1月の核実験は爆発威力が大きくないことから、米国やロシアなどは水爆を成功させたことに対して懐疑的である。
図1 寧辺核施設にある公称電気出力5MWの原子炉の 建屋と冷却塔 (Yongbyon image集から転載) |
ジャーナリストの田岡俊次氏によれば、北朝鮮の金王朝は、「米国は通常戦争でも核兵器を使うかもしれない恐ろしい国」ととらえている。その根拠は「朝鮮戦争時にマッカーサー司令官が原爆投下を何度も主張した」ことにある。
(田岡俊次 MAG2NEWS 2016.2.16 http://www.mag2.com/p/news/148236)
北朝鮮の核開発は米国の核攻撃に対抗する核抑止力の構築を目的に開始されたと考えられる。そうならば、弾道ミサイルに搭載することができる小型原子爆弾が当初の目標であり、次の目標が爆発威力の大きい水爆弾頭を開発することであったと考えられる。
金正恩はイラクのフセイン大統領の二の舞にならないように国家の存続のために核開発とミサイル開発を進めているようだ。恐らく、中国も北朝鮮と同様に米国の核攻撃に対する恐怖を抱いているのではないか。そのため、中国は対米国核抑止力として米国本土を射程に収める核ミサイルを搭載する潜水艦の配備を進め、それと並行して北朝鮮への経済制裁が緩かったと思われた。
その後、米国と中国は北朝鮮への軍用ジェット燃料の輸出禁止などの制裁で原則合意したことが報道された。
(朝日新聞 2016.02.26 http://www.asahi.com/articles/ASJ2T5D5BJ2TUHBI018.html)
米国が核開発を行った1940〜1950年代にコンピュータは存在せず、高度な機材や計測器もなかった。長崎に投下されたプルトニウム原子爆弾は、火薬の爆発力によるプルトニウムの爆縮が行われた。爆縮の設計は紙と鉛筆によって計算されたはずである。設計者は現在のデジタルコンピュータの基礎を築いたフォン・ノイマンであった。
核開発の初期(1940〜1950年代)は、それが実現可能なのか不可能か自体が機密情報であった。問題に解答が存在するのかどうかが不明であった。一度「可能」であることを知れば、次は可能にする方法を考えればよい。
現代は、昔は機密であった情報もインターネットを介して簡単に手に入る。水爆の仕組みでさえインターネットで見ることができる。そうであっても、水爆に関わる物理過程を正しく理解することは容易ではない。
物質面を見ると、高性能パソコンをはじめとして、計測器や各種センサーも容易にかつ安価に入手することができる。特殊な機能をもった種々の材料が市場に出回っている。計算機シミュレーションが発達したお陰で、爆縮過程を計算機実験で再現することが可能な時代になっている。
要するに、現在は1940年代に比べて核開発がずっと容易なっている。
北朝鮮は表1に示すとおり2006年以来、核実験を4回行っている。
表1 北朝鮮の核実験の時系列(毎日新聞 2016.1.6)
kt(キロトン)は1000トンである。
番号 |
年月日 |
地震規模 マグニチュード |
爆発威力 TNT火薬換算 |
使用核物質 |
1回目 |
2006.01.09 |
4.1 |
1kt未満 |
プルトニウム |
2回目 |
2009.05.25 |
4.5 |
数kt |
プルトニウム |
3回目 |
2013.02.12 |
5.1 |
8kt |
ウラン? |
4回目 水爆と主張 |
2016.01.06 |
5.0前後 |
6〜12kt |
ウラン? |
参考 長崎原爆 |
1945.08.09 |
22kt |
プルトニウム |
爆発威力がTNT火薬換算で1kt(1000トン)未満と小さく見積もられた。考えられる理由は2つある。プルトニウム中のプルトニウム239(Pu-239)の純度が低かった。もう一つ考えられるのは火薬によってプルトニウムを爆縮する技術が不完全であったこと。その意味で、失敗であるが、学習できたことは沢山あったと思われる。
Pu-239の純度を上げたプルトニウムを用いること、および爆縮技術を改良することによって小型の原子爆弾を完成させた。
使用した核物質がプルトニウムなのかウランなのか不明であるが、さらなる小型化が図られ、実験は成功したと考えられる。水爆を目指して、原子爆弾によって発生したX線を測定できたかもしれない。
私の考えでは、プルトニウム爆縮の技術が確実なものになれば、ハイテクを必要とするウラン濃縮は必要ないはず。米国やロシアが水爆の起爆装置をプルトニウム原子爆弾からウラン原子爆弾に切り替えたのかどうかは不明。
プルトニウム239の純度を90%以上に高くすることができるならば、臨界量が少量となる核的性質の視点でプルトニウムはウランに勝るので、プルトニウムで原子爆弾の小型化を図るであろう。
爆発威力として大きめの数値12ktを採れば、不完全ながら水爆らしきものが実現したかもしれない。2016.1.30の毎日新聞は「米CNNは28日、北朝鮮が今月6日に実施を発表した核実験について、水素爆弾の一部だけが作動した可能性があるとの米政府当局者の見方を報じた。」と伝えた。
(毎日新聞2016.1.30 http://mainichi.jp/articles/20160130/k00/00m/030/084000c)
少なくとも、重水素(2H)と三重水素(3H)の核融合反応に固有のエネルギーが14MeVの中性子を観測したかもしれない。いずれにせよ、北朝鮮の核開発技術の進歩をあなどることはできない。
天然ウランを原子炉の中で中性子照射するとプルトニウム同位体が生成される。日本の原子力発電所から発生する使用済み核燃料の中に含まれるプルトニウムの代表的な同位体組成を表2に示す。
表2 使用済み核燃料中のプルトニウム同位体組成
(原子力情報室 http://www.cnic.jp/knowledge/2610)
同位体 |
半減期 |
重量比(%) |
Pu-238 |
37.7年 |
1.8 |
Pu-239 |
241万年 |
59.3 |
Pu-240 |
6580年 |
24.0 |
Pu-241 |
14.4年 |
11.1 |
Pu-242 |
37.3万年 |
3.8 |
原子爆弾として有効な同位体のプルトニウム239の組成は59%である。2番面に多いプルトニウム240は半減期が短く(6580年)しかも自然核分裂の分岐比が大きい原子核であり、これが瞬時に核分裂反応を起こすことを妨げる。自然核分裂の影響度合いを理解するために自然核分裂分岐比SF(%)を半減期T1/2(年)で除した数値を表3にまとめる。
例題としてプルトニウム240 (Pu-240)の場合を計算してみよう。原子核物理の研究で使用されるPu-240の核崩壊図を図2に示す。Pu-240の半減期(T1/2)は6563年。ほぼ100%でα崩壊をするが、ほんのわずかであるが自然核分裂 (SF)によって崩壊する。SFで崩壊する分岐比が5.75x10^(-6)%。
(注:自然核分裂とは、ウランやプルトニウムのような非常に重い原子核(陽子数が多い原子核)は外部から中性子を吸収しなくても自然に核分裂を起こすことがある。その確率は極めて小さい。)
図2 Pu-240の崩壊図 (Table of Isotopesから抜粋) |
自然核分裂の影響度を図る尺度としてSF(%)をT1/2で除した値を計算する。
プルトニウム240の場合、
SF(%)/T1/2=5.7x10^(-6)%/6563y=1x10^(-9)=10^(-9)。すなわち10億分の1である。
プルトニウム同位体およびウラン同位体いついて計算し、それらを比較したものが表3である。
表3 自然核分裂(SF)の影響度
SF(%)を半減期(T1/2 年)で除した値の指数で影響度を表示する。
影響の大きい数値に*印を付している。参考にウラン同位体を示す。
ウラン同位体は半減期が長いため数値が小さい。
同位体 |
SF(%)/T1/2(年) |
Pu-238 |
*10^(−9) |
Pu-239 |
10^(−14) |
Pu-240 |
*10^(−9) |
Pu-241 |
10^(−15) |
Pu-242 |
*10^(−9) |
|
|
U-234 |
10^(−15) |
U-235 |
10^(−17) |
U-238 |
10^(−14) |
表2と表3を合わせて眺めると、プルトニウム240の影響が大きいことが理解できる。自然核分裂をする不純物同位体、具体的にはプルトニウム240が存在すると、核物質が合体し完全な臨界に到達する以前にプルトニウム240が自然核分裂する際に放射される中性子がプルトニウム239を核分裂させてしまう。
この状況を英語では「fizzle、fizzle bomb」と言う。例えば、ビールの炭酸ガスが徐々に抜けてしまった後の気の抜けた泡の立たないビール。中途半端な爆発である。北朝鮮が行った1回目の核実験はこれに相当するものと想像される。
上記の場合、核分裂エネルギーが長い時間にわたって解放されるため、爆発の威力が低下する。なぜならば、爆発威力は解放されるエネルギーを爆発時間で除したものであるから。同じエネルギーならば時間が短いほど爆発威力は大きい。
この障害を乗り越えるために、核物質をできるだけ同時にかつ短時間に合体させる。その具体的な方法が、プルトニウム球殻を包む火薬の爆発力によるプルトニウムの爆縮である。
さらに、プルトニウム239の純度を90%以上に高める。具体的には、天然ウラン(ウラン238)を短時間だけ照射し、照射済み核燃料を素早く取り出し、プルトニウムを化学処理によって抽出する。
プルトニウム生産はローテクであり、ウラン濃縮のようなハイテクは不要である。北朝鮮は寧辺(ニョンビョン)核施設にある電気出力5MWe(5000kW)と称する原子炉でプルトニウムを生産している。この原子炉は核兵器用に北朝鮮が独自に建設したもので、1986年にプルトニウム生産を開始した。
天然ウラン燃料、黒鉛減速、炭酸ガス冷却の原子炉である。TVで時々放映される映像(黄色の原子炉天面の床に多数の円形が見える)から旧ソ連で製造されたチェルノブイリ原子炉に似た構造のチャンネル型炉であることが分かる。図3に示す軍事用原子炉は核燃料棒の交換がやりやすい構造となっている。
( 寧辺核施設 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/寧辺核施設)
日本で稼働する原子力発電所では核燃料は装填されると1年程度は交換されない。長時間にわたり核燃料を中性子照射するとPu-239以外のプルトニウム同位体が多く生産される。使用済み核燃料の取り出しも図3の原子炉のように簡単ではない。そのため、原発の使用済み核燃料から得られるプルトニウムの核兵器転用は難しい。 ただし、プルトニウムは放射性であり、化学毒性も強いと言われているので、環境に撒き散らされると被害は深刻。これは汚い爆弾(dirty bomb)と呼ばれる。
図3 5MWe原子炉上面の写真。 丸い灰色の穴が核燃料チャンネル。 |
5MWe原子炉は、チャンネル数が801、チャンネルあたり10本の燃料棒。燃料棒はマグネシウム・ジルコニウム合金で被覆されている。燃料棒の大きさは直径3cm、長さ50cm。8000本の燃料棒に含まれるウラン重量は45トンと推定される。
熱出力は20〜30MWであり、1MWあたり1日の運転で0.9gのプルトニウムが生産されるとのこと。稼働率が80%とすれば1年で5.5〜8.5kgのプルトニウムを生産することができる。爆縮型の原爆ならば臨界量は2kg程度であるので、前述の生産量は3〜4個の原爆に相当する。
5MWe原子炉は運転停止と運転再開を何度も繰り返している。これはプルトニウム生産量を隠すためと思われる。現在までに生産されたプルトニウムの正確な量は不明。恐らく、原爆10個以上の保有量があると考えてよい。
長崎に投下されたプルトニウム原子爆弾はプルトニウムを爆縮するための仕掛けが大掛かりであったためサイズは大きかった。外観が大きな卵形であったことからファットマンと呼ばれた。
大きくなった原因は1945年当時はコンピュータがなかったため、爆縮装置の設計を簡単に精度よくすることができなかったことにある。ファットマンの構造図を図4に示す。本体はサッカーボールと同じの32面体である。各々の面に高速燃焼火薬と低速燃焼火薬が装填され、中心向かう衝撃波が同時に中心に到達するように設計された。
図4 ファットマンの構造図 ファットマンWikipediaより転載 https://ja.wikipedia.org/wiki/ファットマン |
32面体にすること、および2種類の火薬を使用することは重要機密であった。米国は爆縮の経験がなかったため、1945年7月16日にニューメキシコ州のトリニティサイトにおいて核実験を実施している。ファットマンの仕様を表4にまとめた。
表4 ファットマンの仕様
(ファットマンWikipediaより転載)
全重量 |
4.7ton |
長さ |
3.3m. |
最大直径 |
1.5m |
プルトニウム量 |
6.2kg |
爆縮用火薬の重量 |
2.5ton |
その後、核兵器の小型化が進行した。図5にファットマンの写真を、図6に水爆の核弾頭W80の写真を載せる。W80の年代は不明であるが、W80は水爆を起爆するプルトニウム原爆を含んでいる。人の大きさを基準にして核弾頭の大きさを推定することができる。私の推定では、長さ60cm、最大直径30cmである。
北朝鮮が目指している核弾頭はW80の大きさか、それ以下であると想像する。
図5 ファットマンの写真 Fat Man atomic-bomb画像集より転載 |
図6 W80核弾頭の写真
Thermonuclear weapon - Wikipediaより転載 https://en.wikipedia.org/wiki/ Thermonuclear_weapon |
図7は球対象な爆縮の断面を示す。青色の球殻部にある火薬を爆発させると火薬の燃焼成分(紫色)や高温に加熱された空気分子(紫色)が外向きに飛び散る。これが爆発である。この爆発と同時に中心に向かって飛ぶ成分(黄色)がある。これが、ピンポン球のように中空の球殻状プルトニウムを均等に小さな球まで圧縮し、プルトニウムの密度を高くする。これを爆縮と言う。紫色成分と黄色成分の運動は運動量保存則(作用と反作用の法則)に基づいている。
図7 爆縮の模式図 |
黄色の矢印は中心に向かう圧力波。プルトニウムを高密度に圧縮するためには、多数の圧力波が均等かつ同時に中心に到達しなければならない。
常温、常圧における球形プルトニウムの臨界量は10kgであるが、爆縮により臨界量を1kg〜2kgまで減少させることができると言われている。
1945年、米国は原爆の爆発威力を測るためにTNT火薬100トンを櫓の上に積み上げて爆発させて威力を測定した。この測定を基準にしてTNT火薬○○キロトン相当と言う。